「阿部ちゃん、前方180度だけがドライバーの責任やから、後ろなんか気にせんでええんやで」
大学時代、私より早く免許をとり、家の車を乗り回してたせいか運転も上手だったクロちゃんが、私が初めて自分の車に乗った助手席でアドバイスしてくれました。
交通法規的にはどうかと思うのですが、人様の迷惑になっていないか気になってバックミラーばかりを見ていた私に、たまりかねての一言だったんでしょう。
でも、不思議とその言葉を聞いてから、運転が楽になった気がします。
先日、そのクロちゃんの突然の訃報に接しました。もう、20年以上会ってなかったけど、facebookで近影は見ていましたし、亡くなる2週間前に連絡があって、久しぶりの無駄話を交わして、1月に京都で仲間数人と会う約束をしたところだったんです。
本当に驚きました。
そして、仕事終わりに、お通夜に向かうため京都と奈良の県境の方の街までクルマを走らせている時に、ふとあのエピソードが蘇ってきたんです。
着いた頃には弔問客も少なくなっていて、残ってくれてた旧友や奥様、息子さんとあれこれ話しをしました。亡くなってからお通夜まで少し日にちが経っていたせいか、奥様も息子さんも医療関係者のせいか、思いの外、湿っぽさのない明るいお通夜でした。
そこで、あのエピソードを話したんです。そしたら、奥様も息子さんも口を揃えて「全く同じこと言われた」って。クロちゃん秘伝の運転の心得だったんですね。
なぜ、あんな話を思い出したのだろうと帰り道でも考えてたら、ちょうど暗い奈良側から、トンネル抜けてネオンの多い大阪に入ったあたりで、ふと思ったんです。
ああ、前方180度って、現在と未来のことなんだなって。
クロちゃんの乗るクルマは、どこかのインターで降りたのかもしれないし、
ずっと前を走ってるのかもしれない。
でもとにかく、私たちは前方180度だけ見ておけば良いってことなんだよね。